眠れない夜の心理学 子どもを守るために

境界・感情・愛着・トラウマティックストレス・うつ・アディクション、認知行動療法…… 眠れない夜に綴ります。

認知行動療法ってどんなアプローチ?⑤「再学習」ってどんなこと?

<知るだけでは「再学習」にはならない>

 

認知行動療法における「再学習」とは、単に頭で理解することではありません。

 

さまざまな本を読んだりセミナーを受けてみたものの、「その時には分かったつもりになったけれど、実際には自分のスキーマや習慣化した思考を思うように変えられない」状態を経験したことのある人は多いと思います。

 

実は、認知(思考)の修正は、はじめのうちは、頑張って試みても「すぐ元に戻る」「口先だけで全く実感できない」「感情がついていかない」のが自然なのです。人間に備わる「恒常性」の機能が、絶えず現状を維持しようとするからです。

 

特に、「スキーマ」は人生の早期に内面化したものであるだけに、それに気づいて修正するには根気強い取り組みが必要です。

 

スキーマは自分の屋台骨のようなもので、自分を苦しめてきたものであると同時に、自分のこれまでを支えてきたものだからです。

 

私たちはその信念にもとづいて、自己を構築し、世界を認識し、物事をとらえ、行動し、人とかかわり、生き延びてきました。ですから、スキーマは変化しようとする試みに対して抵抗してくるのです。

 

新たな思考の枠組み、行動パターンを身につけ、根っこにあるスキーマまでも変わっていくためには、瞬時に無意識に起動するプログラムの動きをキャッチする必要があります。

 

無意識の大きな力に抗して、意識的に、未知の領域に踏み出すことは、誰にとっても大きな挑戦なのです。

 

それを念頭に、Aさんの「再学習」についてみていきましょう。

 

Aさんは、認知行動モデルを使って、セルフ・モニタリングを行い、現在の自分のパターンを意識化しました。セルフ・モニタリングの結果に基づいて、Aさんの状況を整理すると次のようになります。

 

            ◇◇◇

 

・友だちに、自分について話そうとする時に、頭に浮かぶ「話してはダメ」「じゃまされる」という思考は、 親に対して自己防衛していた子どもの頃から内在化した「自動思考」だ。

 

・友だちに話そうとする状況、友だちから話をふられる状況で、無意識に自己防衛防衛プログラムが起動する。そうなると、自動思考とともに「いや~な気持ち」と「ドキドキして喉が詰まる」が連動してあらわれる。そして、「話すのを避ける」という行動を瞬間的にとってしまう。

 

・「話してもほとんどの人はじゃまなんかしない」と理屈では分かっているが、無意識レベルでは、いまだに親に対して身構えていた時の記憶が活性化していつものパターンになってしまう。

 

・その結果、「私は人と親しくなれない人間」というスキーマが強化され維持されている。

 

・この思考や行動のパターンを変えれば、今よりもずっと友だちに対してオープンになれる。不安や緊張を抱かずに、友だちと気楽に話せるようになって、もっと親しくなれる。

 

            ◇◇◇

 

人は、自分のパターン、それによって生じる「問題」について理解し、自分がどうなりたいか、どうしたいか、そして慣れ親しんだパターンが変わったらどうなるかイメージできると、主体的に積極的に動くことができるようになります。

 

Aさんは、「やってみたいと思っている習い事があると友だちに話す」ことを目標に、「再学習」に取り組みます。いつもと違う「行動」を試すのです。

 

 

<いつもと違う「行動」をして、違う「結果」を経験する>

 

「いきなり行動を変えるのそれって難しそう…」と思う人は多いでしょう。したことのない「行動」を試すわけですから、不安になるのは当然です。

 

Aさんの「再学習」がうまくいくためにはどのような工夫や注意が必要でしょうか。以下にまとめてみました。

 

           ◇◇◇

 

・はじめから大きな結果を求めない。「うまくいかなくて当たり前」という気持ちでやる。

 

・はじめのうちは、話す相手、話す場所を慎重に選ぶ。もし、協力してもらえそうな人(友人やカウンセラーなど)がいるなら、練習相手になってもらう。

 

・話したい内容を台本のように文章して具体化してみる。家でひとりで練習する。

 

・準備をしていても、その場になると、「いや~な気持ちになる」「ドキドキして喉が詰まる」という、慣れ親しんだパターンが起こることを想定しておく。人は、「想定内の事態」には対応しやすい。大切なことは、そうなりながらも、下手でも流暢でなくても行動することに意味がある。

 

・失敗しても自分を責めない。頑張った自分をねぎらう、ほめる。小さな成果を軽く見ないできちんと評価する。

 

           ◇◇◇

 

慣れない行動をする時には、実際に試す前に見通しを立てておくこと、シュミレーションしておくことはとても役に立ちます。

 

新たな行動が定着するためには、違う「結果」を積み重ねる必要があるので、継続的で粘り強い取り組みが必要です。

 

はじめのうちは、話そうとすると「ダメ」「じゃまされる」という、自動思考がパッと出てきたり、ドキドキして喉がつまる感覚があるでしょう。

 

話す時もモゴモゴしたり、モタモタして、少ししか言えなかったりして、がっかりするかも知れません。しかし、めげずに(めげながらも)継続することができれば、新しい行動に慣れていきます。

 

新しい行動を試すことをやり続ければ、だんだんうまくできるようになります。

 

はじめのうちは「えっ」「(いつもと違う)」と少し驚いていたかも知れない友だちも、次第に慣れて、反応がよくなり、会話が弾むようになります。

 

「自分のことを話さない人」というイメージは徐々に変わっていきますし、「自分がしていることや考えていることを気楽に話せるようになりたい」「もっと友だちと親しくなりたい」というなりたい自分に近づいていくのです。

 

そして、これまでと違う経験を積み重ねることで、話そうとすると「ダメ」「じゃまされる」といういつもの思考や、ドキドキして喉がつまる感覚も次第に薄れていきます。

 

「あれ、そういえば最近は頭に浮かばなくなっている」「いつの間にか喉の詰まりも気にならなくなっている」という感じです。

 

もう無意識レベルで身構えない状態になるのです。「自分は人と親しくなれない人間」というスキーマも変化していきます。

 

新しい行動を試し始めることは、友だちとの関係性を再認識する機会でもあります。自分のやりたいことや考えていることに対して共感してくれて、励ましてくれる友だちがいると分かるでしょう。

 

それとは逆にケチをつけたり、じゃましようとする友だちもいるかも知れません。

 

その場合には、前述した「体験的な推論の誤り」の③のように肯定的な要素を軽視、無視するパターンが起動していないかに注意する必要があります。

 

肯定的な要素をきちんと見ることができれば、自分を尊重してくれる友だちの存在を実感できるようになりますし、

そうではない友だちとの今後の付き合い方を検討できるようになります。

 

自分を尊重してくれない人に話して、がっかりしたり自信をなくす経験を重ねる必要はありません。

 

認知行動療法における「再学習」とは、なかなか変わらない「認知」と付き合いながら、いつもと違う「行動」を試みることで、違う「結果」を経験するプロセスです。

 

その積み重ねによって、新たな感情体験や身体的な体験、新たな思考の枠組みを経験し、「再学習」していくことができるのです。